|  | 発 行:ひょうすぼ社 | 
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乱杭 151号(2002年9月16日) 0  その敬老の日の前日の9月14日、下の写真のような葉書が届いた。差出人には、孫が通う宮崎ひがし幼稚園のゴム印に孫の名前が書き添えられていた。 思うにこれは、敬老の日への幼稚園からの心遣いであろうか。  確かに、宮崎ひがし幼稚園に通う河野亜海(5歳)は、私達の「孫」である。  私は、ただいま、49歳11ヶ月。妻は49歳10ヶ月。  私の父に至っては、おん歳76歳になられるのに、未だに地区の高齢者クラブに参加せず、従って地区主催に敬老会にも出席したことはない、と聞く。  妻はまだ、孫に自分のことを「洋子さん」と呼ばせている。しかし、私は「おじいちゃん」と呼んでもらっている。とても響きがよい。  何が言いたいのか。繰り返して言うが、おじいちゃんやおばあちゃんであることと、敬老の対象であることは、同一ではないと言うことだ。  それにしても、来月50歳。 
         
           延岡高校に交換留学生としてやって来て知り合い、今も交流のあるアメリカの友人、マイケル・ケインが今年早くに、「我々は今年、共に50歳になる。君は過去に、そんな日が来ることを想像したことがあったか? あー、信じられない。」とボヤキ・メールを寄越して来ていた。  彼も私と同じ1952年10月生まれである。  彼と出合って32年が過ぎた。そんなに月日が経ったとはとても信じられない。
   
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         しまった。妻は、子ども達に「宮崎のおじいちゃん、おばあちゃんに達に何か
         プレゼントを送りなさい。」と指示を飛ばしていたようだった。
         
          
  
 
         
         
         
         
         
       
          
      
          つまり、園児の祖父母とはいえ、敬老すべき人とは限らないではありませんか。
          
      
         
         
         
         
         
         
         
         
         
         
         
         
          
   
         彼には、娘が2人いて、長女のダルシーちゃんが高校を卒業したばかりで、まだ孫はいない。
   
  
       
          
      
          
      
          
   
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